2019年5月 魚沼市・ものずき村からの眺め
ものずき村おすすめです!
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こんにちは、昔話課主任です。

「昔話課」は、今年、
三雪村村役場に新しく発足した課です。

仕事は以下の通り。

・郷土史と昔話の学習→昔話の創作
・切り絵の挿絵の依頼
・掲載する写真の撮影
・HPへ昔話記載
・昔話の聖地巡礼(実際の土地を訪問)

三雪村の昔話作業のほぼ全てを
私一人で行っております。


なぜ私が一人で全てを担っているのか。

それは、私が三雪村に
「昔話」を強く主張したからです。




なぜ「昔話」を主張したのか。

なぜ「昔話」を主張したのか。
それは、一冊の本がきっかけです。


『雪の夜に語りつぐ』

昔話をもっと深く楽しむ方法」でも
紹介させて頂いた本なのですが、改めて。


この本は、
新潟県柏崎市北条で生まれ育った
笠原政雄さんの昔話を記録した本です。

もともと昔話が好きだった私は、
誰かとお話をしていて、こんな本があると
教えてもらいました。

この本が他の昔話を収集した本と
決定的に違っていたこと。
それは、

話し手である笠原さんの生い立ちが
たっぷり載っていたこと

です。

2014年4月 北条駅近郊

今まで自分が読んだ昔話を収集した本といえば、
単に収集した昔話がたくさん並んでいるもの
だったので、最初は「こんなの必要ない」
と思っていたのです。

しかし、読み進めるうちに、
それが逆に、とてもとても重要だと
感じるようになりました!



先述した「昔話をもっと深く楽しむ方法
にも書いたのですが、

たとえば、昔話が語られる場。
これが作中では

・冬の夜
・母親が針仕事しながら

であることがリアルに語られ、
その情景が自然と思い浮かびますし、

その前後に語られる笠原さんの生活から、
農家の暮らしがリアルに分かり、
その中で昔話がどんな位置づけだったのか、
どういう役割を果たしていたのか

伝わって参ります。

2014年4月 北条城跡登山口
戦国時代、このあたりは城があちこち築かれ
寺社も多く、歴史ある土地である。

単なる絵本や動画の物語と同様に
「昔話」楽しんでいた自分にとって、

「昔話は、作者によってきちんと創作された
物語ではない。
 人々が積み重ねてきた歴史と生活の中で
 語られてきた、生きている物語なのだ。」

と衝撃を受けた一冊でした。

(「生きている物語」についても、
 「昔話をもっと深く楽しむ方法
 をご参照ください。




新潟の田舎をフラフラする東京在住の女

2014年4月 北条城跡
頂上の本丸跡からの眺め。最高!

この本(『雪の夜に語りつぐ』)に出会う前
20代の頃から
昔話課主任の私は、誰に言われるともなく、
新潟の田舎をカメラ片手に
一人でフラフラ歩いておりました。


私は新潟県の中越地方、
一面田んぼが広がる土地で自然に囲まれて
生まれ育ちました。

2020年6月 南魚沼市・旧塩沢町

自然が好きでバッタやザリガニをとったり、
朝晩の犬の散歩で朝焼けや夕焼けの美しい
山々を眺め、

また、田んぼが普通に生活の中の日常にあり、
田んぼの中を走る農道を駆け回ったり
自転車で走り回ったり
冬は、雪が積もって一面真っ白に広がる田んぼを
凍み渡り(しみわたり)したり。

2015年4月 南魚沼市・旧塩沢町

※凍み渡り(しみわたり)とは、
早朝の凍った雪の上を歩くことです。
田んぼも人様の土地なので、
小さい頃は知らなかったのですが、
勝手に入ってはいけないと
今では反省しております…。


夏の青々とした稲・秋の黄金の稲穂が一面広がる
田んぼを風が走るのが美しくて
小学校や中学校の廊下から、よくぼーーーっと
見ていた記憶があります。

2014年9月 越後広田駅近郊


中高生の頃は厳しい親元をすぐに離れたくて
大学進学を期に上京、そのまま東京で
就職致しました。

20代の若者にとっては
遊ぶ場所が多く、オシャレで刺激的で
流行の最先端で、とっても楽しい東京!

…しかし、そんな東京に慣れてきた20代の半ば、
私は東京に満足出来ず、いつも

・もっと自然があるところに行きたいなあ
・ここは自分の居場所ではない

と感じておりました。

2013年9月 静岡県岳南鉄道

関東近郊の山に行ってみたり、ローカル電車旅で
田舎の風景を眺めたりしていたが、満たされない。



そんな中、毎年恒例の実家への帰省を
いつもの高速バスではなく、
電車のローカル線で帰ってみよう!
と思い立って帰ってみたのです。

これがとってもよかった!

2013年11月 群馬県水上駅

水上駅(群馬県)から発車し、長いトンネルを
抜けたあとに広がる風景。
(季節は5月ぐらいでした。)

2020年5月 南魚沼市・旧塩沢町

遠い山々にはまだ残雪が白く残り
低い山には萌え出した若葉の淡い緑が美しく
菜の花が美しくところどころで咲き、
耕し始められた田んぼ。

…これこそ私が求めていたものだ!

と感動したのを覚えております。



それからは、時間があったり
青春18切符の季節になったら
ローカル線で新潟県へ行き、
適当な駅で降りて、写真を撮りながら一駅歩く、
という怪しい行動(笑)を行っておりました。

そこに住んでいる方にとっては
何でもない日常の風景かもしれませんが、

私にとっては、新潟にいて、歩いて、
風景の中の一部であること

これだけでとても幸福
見る風景見る風景全てに価値がある、
と感じていたのです。


その後、そういえば昔から私は絵本や童話、
昔話が好きだったなあ、
と思い出し、

どうせなら、昔話で語られている
実際の地に行こう!

と、昔話の地を巡ることに致しました。




大好きだった新潟に帰る

2014年4月 北条城跡 毛利時元の墓近くの大杉

昔話の地を巡り始めた中、先程紹介致した本
『雪の夜に語りつぐ』

と出会い、ますます昔話の地を巡る価値を
認識した私。

しかし、やはり東京から新潟県までの
交通費は毎回高い…
青春18切符の期間も決まっているし…

2013年8月 青春18きっぷとムーンライトえちごの指定席券
格安で移動出来て感謝感謝の切符。

→いつしか、新潟県への移住を自然に
考えるようになりました。



私は一人身であるので、

・戸建ては雪かきや家の手入れが大変だ
・戸建てだと、地域のコミュニティに
 溶け込まないとだなあ。
 コミュニティの性格との相性があるし、
 最初から突然だとハードル高いかなあ

と色々妄想し(笑)、

2017年11月 湯沢町・秋葉山からのリゾートマンション・ホテル群。
リゾートマンションはもっと乱立しているのですが、
私が写真を全然撮っていなかったーーー。

雪かき不要だし、地域との交流が少ない
リゾートマンションを移住の最初の一歩として
候補に上げてみたり、などなど
色々検索しては新潟県での生活の妄想を
ふくらませる日々を送りました(笑)



※参考 新潟県のリゾートマンションならここ

2019年10月 越後湯沢駅前

ゆざわ商事
昔からの湯沢町の不動産屋さんだそうで、
物件も地域密着型。

普通の戸建ての売買物件や
湯沢町ならではの別荘売買物件、
アパート賃貸・店舗賃貸もあり、
湯沢町の地域情報にはとても強いと思われます。

メールで一度問い合わせした際、
湯沢町の氣候のことや
雪かきの大変さを詳しくお教え頂いたり
内見の際も穏やかに丁寧にご案内頂いたり
情報も豊富にお持ちでした。


ひまわり商事
リゾートマンションの売買をメインに行っており、
湯沢町や南魚沼市全般のリゾートマンションの
物件を網羅。

担当者の方も押し売りしたり
無理にオススメして来ることはなく、
氣候のことやこれからの暮らしのことを
きちんと心配頂いたり
デメリットもしっかりお教え頂けました。

また、移住者のコミュニケーションが豊富な
リゾートマンションをオススメして頂いたり
したので、
リゾートマンションの現状にもとても詳しいと
思われます。


…どちらも丁寧で穏やかなご案内をされている
会社様でした。

(東京の、内見したらすぐに契約しろしろ!
と勧めてくる不動産屋さんが苦手な
私にとってはありがたかったです(笑))

賃貸もあり、短期貸しもありますので、
不動産屋さんと相談して試しに一定期間
住んでみて、実際どうかを把握するのも
いいかと思います。



2020年5月 湯沢町浅貝地区(苗場) 
三角山登山口付近からマンション・旅館群を望む

妄想がふくらんでいるが貯金がそう多い訳では
ないため、不安もある。
臆病な移住にはまだ踏み切れていない日々。

…突然私は、会社に行けなくなりました。

ある朝起きて、会社に行く準備をしようと
するのですが、動けない。

行かなきゃ、あの仕事を対応しなければ
と自分自身に言い聞かせるのですが、動けない。
着替えすら出来ない。

…結局会社に行けなくなり、
心配してくれた先輩のお陰で
なんとか病院に行って言われたのは

「うつ病一歩手前」でした。

2013年12月 越後中里~岩原スキー場前駅間

おそらく、部署異動でお客様対応になり、

とてもとても自分にとって苦手な
電話対応とスケジュール調整を
毎日余儀なくされた、
そのストレスかと思われます。

そういえば、好きだった新潟田舎フラフラも
部署異動になってからはやる氣が起きなくて
アパートに引きこもって
リゾートマンションへの妄想ばかりして
現実逃避をしている休日が続いていました。

今となっては、会社に別の部署に
異動させてくれと相談する手もあったのですが
その診断を聞いて、私の頭に浮かんだのは、

「ああ、これで新潟に帰れる!」でした(笑)

2014年3月 上越線の車窓から

会社に行けず収入がなくなるのに、
私は嬉しくてたまらなかったのです。


遅い春の喜び、夏の夜のカエルの合唱、
秋に黄金に揺れる稲穂、冬の豪雪。

あそこに帰れると思うと幸せで幸せで
仕方なかった。



そうして会社に事情を話して退職し、
少しは貯めていた貯金で

私は、新潟県中越地方の
格安のリゾートマンションの賃貸に
引っ越したのです。




三雪村への就職

2019年5月 湯沢町浅貝地区・FUJIROCKの森

リゾートマンションへ引っ越してからは
私のうつ病は嘘のように
消え去っていきました(笑)

2013年11月 湯沢町・越後湯沢駅近郊

毎日窓から眺める雄大な山々と自然。
ベランダに出たり少し散歩に出るだけで、
自分が大好きな新潟県の風景の中にいられる。

なんて幸せなんだ!と毎日感謝の日々でした。


とはいえ、仕事を探さないと
この幸せは続けられません(笑)


どうせなら、地域に貢献する仕事がしたい!

新潟大好き・中越大好き な私はこう思い付き、
職探しをしたところ、

ちょうど近くの三雪村の村役場で
職員を募集しておりました。
30代はじめの自分はなんとか
年齢制限セーフで応募でき、人手不足のお陰か、
なんとか無事に採用されるに至ったのです。

2019年9月 道の駅南魚沼

大好きな新潟県の中の村の、
しかも役場で働けるなんて!

またもや幸せと感謝の日々。



…もちろん、
東京とは全く違う考え方があったり
村特有の考え方があったりして、
全部が全部最高だった訳ではありません。

東京から来たよそ者扱いされて
まともに相手にされなかったこともありますし、
幻滅や失望しかけたことも正直、あります。

それでもやっぱり、
新潟県が大好き・中越地方が大好き

この氣持ちは揺らがず、むしろ自分自身の根幹で、
そして、この素晴らしい村をもっと伝えたい!

と思い、朝から晩まで一生懸命働きました。




「ふるさと」の価値を伝えたい!

2014年12月 上越線の車窓から

村役場で働いていて、一番感じていたこと。
それは、村の方々が

「ここは何もない」と思っていること。


2019年9月 湯沢町にて ツユクサ
夏ならどこにでも生える雑草だが、
小さな頃からこの花が大好きだ。

「東京から来なさったなら、
こんがんところ、つまんねえろがねえ」
(東京からいらしたのなら、
 こんなところはつまらないでしょう)

…村の方々によく言われた言葉です。


その度に私は
「そんなことはない!ここは最高です!」
と主張していました。


キー局のテレビが発信するのは主に東京の情報で、

オシャレなカフェやオシャレなアパレルショップ、
オシャレな街や楽しい遊び場・観光スポット

…普段そんなところが身近になく、
テレビでそんなキラキラしたものを発信されれば、
そう思うのは仕方のないことかもしれません。

2016年1月 東京にいた頃の自宅近郊にあった大宮八幡宮
東京でも、緑が多くて住みやすい地域でした。
…そういえば、そんなにキラキラした場所には行っていないかも(笑)

でも私はそこ・東京にいて
全く満たされなかった。

むしろ、なんでもない自然の風景。
遠くに見える山、一面広がる田んぼ
豊かに流れる川…

それこそがとても価値があるもので、
それは自分の原点であり根幹であったからだと
氣付きました。

2020年6月 南魚沼市 坂戸山中腹からの眺め

だからこそ、この素晴らしいさを、
この価値を伝えたい!


そして、自分自身の「ふるさと」を
探してさまよっている人々に、
原点に帰ることの素晴らしさを
伝えたい!



役場で働く中で、私はどうしたらそれを
発信出来るか、日々考えておりました。




…そしてふと思いついたのが、
私の好きな「昔話」。

2017年11月 南魚沼市・旧塩沢町

昔話は楽しい読み物としてとっつき易いし、

それと一緒に実際の風景の写真や
郷土の歴史を紹介すれば、

この土地がとても美しく、
そして、実際にこの厳しく豊かな
自然の中で生きてきた人々の物語が
伝わるのではないか。

そうひらめいたのです。




遂に「昔話課」発足

2020年4月 南魚沼市・旧六日町 大杉新田の大杉

自分なりにプレゼンの資料を作り、
私はまず、課長に直訴致しました。

…当然、そう簡単に相手にはされませんでした。

人の価値観や常識を変えるのは
そう簡単なことではない…


…そう落ち込んでばかりで
「私はダメな奴だダメな奴だ!!!」
と自分を責めてばかりおりました。

…毎日そんな罪悪感をかかえて
ネガティブに暮らしていた時、
ふと思いました。

こうやって私は自分のことばかり
責めているけれど、
そもそもそんな奴の提案に乗りたい人が
いるだろうか。

自分を責めているということは、
自分自身に価値がないと思っているのと
同じだ。

自分が価値があると思っていないことを
他人が価値があると認めてくれる訳がない。




…そういえば、私は

「新潟大好き!中越大好き!昔話大好き!」

と言いつつも、それをまわりの人に
発信してはおりませんでした。


一度病氣で会社に迷惑をかけた身としては
もう2度と迷惑をかけたくない、と
まわりに合わせようと合わせようとしたり、

村特有の考え方に突き当たったり
よそ者扱いされて傷付いて、
もうこれ以上傷付きたくないと思い、
一層自己主張を行っておりませんでした。

2017年11月 南魚沼市・旧塩沢町

そして、それと同時に氣付きました。
今までの自分は、「否定」するだけだった、と。

問題に突き当たった時、
「村特有だからダメだ」
「よそ者扱いされてる自分だから無理だ」
と、自分とは違う、と相手を否定して
それで愚痴やストレスをためるだけだった、と。


しかし「発信するんだ!」と考えたら、
否定ではなくて「提案」だ!と思い付きました。

問題に突き当たった時、
「問題は解決できないのは、
 問題があるのが悪いんだ」
ではなくて

「なるほど。
 では、こういう感じではどうですか??」
という「提案」を常に行おう!と。



そうして、この「提案」の視点は、
私を変えました。

地元や昔話を価値がないと思っているのなら、
価値がある思っている提案を私が見せればいい。

まず日々のちょっとした会議や仕事でも、
「中越地方は素晴らしい!」
と思っている発言を少しづつ挟みました。

2019年5月 湯沢町浅貝地区

たとえば、
「あ、あの〇〇会社さんのところですか。
あそこからの谷川岳の眺めは最高なんですよねー。

この前桜が咲いてた時に桜手前に谷川岳の写真
撮ったら、最高でしたよ。東京の桜並木より、
よっぽど絵になりますよ」
とか。



2015年4月 南魚沼市・旧塩沢町 魚野川と山々

「あ、この工事現場のところは、
昔河童がいたってお話があるんですよねー。

魚野川は浦佐あたりから電車で並走出来て
夏は水面がキラキラしてキレイなんですよねー

あの美しい八海山見ながら
魚野川で鮎釣り出来るなんて
ここら辺の人は最高だよなーーー」
とか。


お世辞や嘘ではなくて、
本当に自分が感じている・思っていることを
ちょこちょこ口に出すように致しました。



…そして、それをやり始めた時に
「むしろ、よそ者であることはメリットだな!」
とも思えるようになったのです。

村の方々が何でもあると思っている街・
東京で暮らしていた私が言うからこそ、
「この土地最高!」
と言うことには説得力があった
氣が致します。



そして私も、自分自身に素直になれたことで
一層生活と村役場の仕事に張りが出てきたのです。

お陰でストレス過食は減って体重も減り、
食生活も健康的なものに落ち着いてきました。
(お菓子を買う量が大幅に減ったので、
 節約にもなりましたwww)

2013年8月 越後湯沢駅構内のお店にて へぎそば





…私が「中越バカ」「昔話バカ」
であることは、思ったよりも早く、
村役場でも村内で広まりました。

「また中越バカが始まった」
「昔話バカが来たから、
 昔の話でもしてやろうか」

と、ありがたい言葉や情報を
たくさん頂くようになったのです。

2014年8月 小千谷市

そしてそれが当たり前になった時。
私は再度、プレゼン資料を課長に提出致しました。

その際、何人かの同僚も「昔話バカ、頑張れ~」と
応援し手伝ってくれ、
また、課長にさりげなく推薦してくれた方も
いらっしゃいました。

本当に感謝に堪えません。


…その結果。
課長は助役や村長にも掛け合ってくれて、

「予算はほんの少ししか出せないし、
 人手不足で人員も割けない。
 お前一人でもいいなら」

と、「昔話課」を発足することが許可され

同時に特にこれと言ったものが
なかった村のせいか、村長の

「君の「昔話バカ」は聞いてるから、
 面白いし成果も出せると思うんだよね。
 いっそのこと村を『昔話の村』とでもしてみる?
 他の中越地方の市町村にはない試みだし。」

という鶴の一声で、三雪村は
「昔話の村宣言」を急遽行うことに
なった
のでした。



2020年6月 南魚沼市・坂戸山

…ということで、2020年6月現在。
「昔話の村宣言」はしているものの、
実際の活動と実績はこれからの状態です。

ただ、間違いがないこと、それは

新潟県大好き!
中越地方大好き!
ここは素晴らしいところだ!!

という私の中の揺るがない思い。


この情熱をそのまま素直に愚直に
皆様へ発信していく
ただそれだけを真っ直ぐ行って参る所存です。

そうすることで、私は皆様へ
新潟県そして中越地方の
素晴らしさ・価値を伝え、
同時に「ふるさと」「原点」に帰ることの
喜びと感謝を伝えたいと
心から願っております。

2019年7月 湯沢町