おふじの京参り/日本の昔話…新潟県三条市

2020.5 切刻亭 作

物語の参考となった舞台



おふじの京参り/新潟県三条市の昔話(創作)

※いくつかの書籍・郷土史を読み
 私の私見を反映した、
 創作昔話です。

 元のお話を読みたい方は、
 一番最後の参考書籍を
 ご参照くださいませ。






ある夕暮れ、京の都のとある宿屋に、
おふじと名乗る一人の美しい娘が
訪ねてまいりました。


聞けば、
遠い遠い越後の国の井栗村から
はるばる京の都の神社へ参ろうと出かけてきたが、
都近くの峠で盗人に襲われた、

なんとか逃げ切って命は助かったが、
しかし、大事な財布を取られてしまい、
京参りはおろか、越後にも帰れない



というのでございます。

2020.6 切刻亭 作

宿屋の主人はおふじを不憫に思いました。



加えて、おふじの美しさは元より、
その上品な身なりと氣品の高さ・
言葉や身のこなしのたおやかさに
圧倒されておりましたので、

宿屋に何日か宿泊させ、
京参りと越後へ帰るお金も貸してやりました。




おふじは主人に厚くお礼を伝え、
一晩休んだ次の朝早くから早速、
京の様々な寺社へと熱心にお参りに
出かけて行きました。

そうして、京の流行りのかんざしなど、
年頃の娘が好む自分のものは何にも買わずに、

自分の村を祈願し、ありがたいお札ばかり
大事に持って帰るのでした。








一度宿の主人は、おふじに


「借りたお金ですが、
せっかく京に来たのですから、
ご自分のお土産など
買い求めてはいかがですか?

この近所には、いい職人の品や
流行りのものが揃っていますよ」


と、氣を遣って申しました。







しかし、おふじは上品に微笑み、



「お心遣いありがとうございます。


しかし私はそれよりも、
私の村にお金や時間を使いたいのです。


私の村、井栗の村は、元々沼地だったのを、
人々が懸命に水田を開拓致しました。


しかし元々沼地ですから、水はけが悪く、
雨が降れば水田はまるで一面の湖のようになり、

また、日々の稲作は、
腰まで水に浸かったり
船で移動しながら行わなければいけない、
とても大変な作業が必要なのです。


また、近くに大きな川が流れており、
毎年のように洪水に見舞われます。

そのため、他の地域よりも、
お米の取れ高が少ない村なのです。



私は村の人々にとても大事にして頂きました。

ですから、私も、
村のために少しでも何か致したいのです。」



宿屋の主人は、おふじは庄屋の娘なのだろうか、
しかし何と思いやりのある娘であろう、


と、改めておふじの氣高さが身に染みたのでした。






やがておふじが越後へ帰る時、
宿屋の主人に改めて深々と頭を下げ、
厚く御礼をして、こう言いました。


「私の井栗村には、万葉集にも詠われた
藤の名所がございます。


方々の国から人々が訪れたり、
俳句の会が開かれたりと
それはそれは見事な藤でございます。

是非一度、私の村へいらしてくださいませ。

いらして頂ければ、お金を倍にして
お返し致します。」








…京の凍える冬が明け、
春になって少し経ったある日のこと。

宿屋の主人はおふじのことを思い出し、
井栗の藤を訪ねてみることに致しました。


はるばる越後・井栗村に着きまして、
主人はおふじのことを
村の人々に聞いてまわりましたが、

おふじの家はおろか、おふじを知っている人は
誰一人としておりませんでした。

途方に暮れた主人は、
ともかく、有名な藤を見ようと
藤の所へ行ってみることに致しました。



井栗の藤は、それはそれは大きく、
一面に広がる田んぼの中にある
まるで森のようでした。


藤の木は、何本もの大きなエノキの木に
幾重にもからみつき、
枝やツタを四方八方へ伸ばし、
そこからぶらさがる多くの美しい花が
今は盛りと咲き誇っております。


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藤棚に整備されておらず
自然の力で成長する美しさと生命力、
何より美しい藤の花に圧倒され、
主人はしばらくそこへ立ち尽くして、
じっと藤を見入っておりました。





ふと見ると、藤の根本に美しい財布が
置いてあるのが目に入りました。

そっと開けてみますと、


「おふじから宿屋の主人へ」


としたためた紙と、
たくさんのお金が入っておりました。



また、ふと幹を見ますと、
幾重にも重なった幹の中に、
いくつもの白いお札が
チラリと見えました。


それは、おふじが京で寺社に参った時に
頂いてきたお札でございました。





主人は、

「ああ、おふじは、この藤の木であったか」



と、財布を静かにおし頂いて、
美しい藤の花をそれからまた、
じっと見入っておりました。







主人は京へと帰る前に、井栗村の庄屋へ
この話を伝えました。



庄屋曰く、

この土地で藤の木は
「藤ノ木権現」様として、
そして、稲の豊作を祈る象徴として、
先祖代々、この土地で大事に信仰されている。


森のように広がるこの藤は
地元の農民たちが雨宿りなどにする
憩いの場であったし、

鳥たちも集い歌い、
花の頃には風流人が集まる
村の誇れる場所です、と。





さて、そんな心の拠り所・信仰している藤が
村のためにはるばる京参りした、
というのですから、

庄屋は大層驚きました。



そしてこの万葉の藤を
もっと大切にしたいとの思いから、
立派な石を選び抜き、腕利きの石工に依頼して
藤の木のために石碑を建てました。


そうして更に、この藤を広く広めようと、
藤ノ木にまつわる句集を
京都の書店から出版したそうです。




その際、宿屋の主人に
大層お世話になったとの話でございます。












参考文献

『井栗郷土誌資料集  第1集第2集


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