真人のムジナ退治/日本の昔話…新潟県小千谷市 

場所






お話

※現地未訪問のため写真なしです💦
今後訪問したら追加予定です。



昔々、真人の若栃ではムジナが悪さしていた。

蒔いた種を食われる、備蓄した作物を食われる、
人は化かす。



毎日被害が甚大で、
これでは年貢どころではない。

村人は大勢で相談した。

「冬の出稼ぎのお金も、もう底を付きそうだ。
今度ばかりはお上の力を借りるしか…」

村人たちは皆で相談の上、
被害を詳細に書いた嘆願書を持ち、
小千谷の代官所へ行きお役人へ差し出した。




お役人も年貢が納められないと
上から怒られる。
だから、よくよく読んで、
そうして言ったと。


「そしたら、
 ムジナ退治の費用を見積もって下さい。
 私も考えておく」


村人は喜んで毎晩集まり計算したと。



70以上あるムジナの穴に
一斉に火をつけるには…

(一斉に火をつけないと、
他の穴に逃げ込んでしまう)





そうして見積もった結果、

・人足446人
・薪108杷
・萱230杷
・刈り干し105杷
・マキが蔵に一杯分
・青い杉の葉400杷

これに魚の油をかけて燃やそう、
という計画となった。






お役人はそれを聞き

「よし、今度ばかりはムジナどもを退治だ!」

と許可したと。






さて11月のある日。
いよいよ退治の時がやってきた。






代官所の人々は、八海山の麓の村から
穴掘り名人や鉄砲撃ちなど
10人程を呼び寄せてくれたと。



村人達は、鍬や鉈や棒・縄など
色々な道具を背負い、
若栃の南山へ登っていったと。




辿り着く間、互いに
「化かされないようにしよう」
と氣を付けながら登ったと。


なんでもムジナは、
木や石や土にも化けるからだそうだ。






やがてムジナの穴にたどり着き、
皆で退治を始めたと。



一斉に萱に火を付け、いぶして、
煙を穴の奥へと戸板であおった。


「出て来るぞ~!」

「ムジナは死んだふりして
 急に噛むから氣を付けろ~」


と、穴をいぶしては堀りいぶして掘りしたと。

鉄砲撃ちは穴の出口で
鉄砲を構え、ムジナを待ち構えていたと。







しかし、いくら待ってもいぶしても、
ムジナは出てこない…




はておかしい。化かされたのか…?



そうして皆で話していると、
ふと山頂から北の方を見ていた者が

「今日はいい天氣だ。
佐渡の金北山まで見えるぞ」

と言ったので、皆で眺めたと。







すると、はるか遠くに眺めていた
佐渡の金北山の頂上から、

真黒な煙がもくもくと出始めたんだと。




…その瞬間、皆、ムジナがいつになっても
出てこない理由が分かったと。






ムジナたちは海の底を掘り、
佐渡まで続く穴を作っていたのか…





代官所も、やれ佐渡までは無理だ、
とあきらめたんだと。




この真人ムジナの親分が、世にも有名な
佐渡の団三郎ムジナになったそうな。


終わり🦊






あとがき




はい、お送りしたのは
「真人のムジナ退治」でした。


お話は、実際の出来事で、


江戸時代の天保年間に実際、
小千谷の代官所に嘆願書が出され、

また、天保12年(1814年)10月29日、
小千谷の代官所から役人が出張してきて
実際にムジナ退治が行われた、
という記録が残っております。



ちなみに天保という時期は、
倹約令で小千谷の織物が大打撃を受けたり、
天保の飢饉もあり、大変な時代だったと察せます。

小千谷の郷土史を今後見たら、
もっとこの昔話を掘り下げられそうですね。





また、 真人町にはこれ以外にも
色々とムジナの昔話が残っております。

それらとも一緒に読んでいったら
更に昔話を掘り下げられそうですね。




今後、実際に土地を巡礼したり
郷土史を読んで掘り下げられたら
追記して内容を充実されていこうと
考えております。



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