2017年2月 越後広田の影沢の大杉の神社

こんにちは、三雪村の昔話課主任です。



昔話課主任として、皆様がもっともっと
昔話をもっと深く楽しむ方法をお伝えし、

皆様がより一層、昔話を楽しみ
自分の故郷に興味を持ったりして

新たな自分自身の人生の発見の
一助になるように
頑張らせて頂きますね!





まずはじめに。
昔話は、単なる物語ではありません。

青森なら青森の、沖縄なら沖縄の
その土地ならでは、いや
その土地だからこそ生まれた物語があります。

2014年2月 南魚沼市 大沢~石打駅間にて撮影

それが、日本のいろんな地方で
それぞれの土地の人によって語られた
「昔話」です。

…絵本作家さんや童話作家さんの創るお話とは
また違った性質・魅力が昔話にはあり、
そして、昔話ならではの楽しみ方もある
ということ。

それを次から、順番にご説明させて
頂きますね。





「語られた場」を想像しよう

2017年11月 南魚沼市・旧塩沢町

最初に「昔話」がどういう場で語られた
物語であるか、を見て参りましょう。




まず前提として、「昔話」は昔、
「娯楽」
という存在でした。


現代は漫画やテレビ、スマホなど
簡単に娯楽が手に入る環境ですが、

それがない昔の時代、「昔話」は

・農業の出来ない冬の間親が子どもに
 語ってあげるもの

・仕事の合間の楽しみである村の行事
(寺社の法会や祭礼、お彼岸や大晦日お正月等)

などで、大人や子どもが集まる際に
語られた、娯楽でした。



『雪の夜に語りつぐ』

楽天

柏崎市で生まれ育った笠原政雄さんの
昔語り・昔話を収録した本です。


この本は昔話の実態を詳しくリアルに
語ってくれています。

「うん、昔話を聞かしてもろうたのは
冬ばっかだね。夏の夜?まあ、とてもとても
じゃないが、話なんてしてらんねえです。
親たちが外仕事から帰ってくるのが
遅すぎるからね。」

p.18より

その後も、冬でもあたたかい日は
昔話なんて語るか!と怒られたという
記述があり、

昔話は、
時間がある際やみんなが集まる行事など、
今日は楽しんでいい日、
という状況の際の「娯楽

という位置づけだったことが分かります。


・「夜が明ければ仕事にかかり、手元が
 見えなくなるまで働く」(明治・大正期)

・「農民労働時間/五月上旬~十月下旬
  始業時刻:5時半・終了時間7~8時
 (大正3年調べ)

(『井栗郷土誌資料集  第1集第2集』より引用)

同じ中越地方の三条市の郷土史からの記録です。



お天道様がいる間はずっと勤務時間という
農民の生活。

2020年6月 南魚沼市・旧塩沢町

そんな中の許された時に語られる昔話は、
大人にとっても子どもにとっても
とても楽しいひと時だったことが
想像できるでしょう。




「未完成」「辻褄が合わない」のは当たり前

2017年11月 南魚沼市・旧塩沢町

そういうひと時の娯楽である昔話は、
親が子どもの枕元で・
みんなで集まっている時ワイワイ
というシチュエーションで語られる

…つまり即興性が高い」ことが分かります。


昔話を収集した書籍の中で見られる

・突然始まる歌
・擬音語や擬態語が多い

は、この即興性のためかと思われます。


たとえば、枕元で子どもにお話していたとして、

目的は
「子どもを楽しませる」
「子どもと楽しさを共有する」

ですから、

話し手は子どもの反応を見ながら
または、自分の中で
「こういう方が面白いかな」
と思いついたりなどしたら

お話を少し変えてしまったり、
歌を入れたり、

「どっかーーん!ピカピカピカーー!!」
なんて擬音語や擬態語を大声で言って
楽しませたり、

…という「多少の改変」があり得る
推察できます。

2017年11月 南魚沼市・旧塩沢町

実際私も小さいころ、祖母に昔話を
寝る時に語ってもらったのですが


その時の芸者さんの下駄の音
「ちゃかぽこちゃかぽこ…」
や、

芸者さんが川に飛び込む音を大きな声で
「どっぼーーーーーん!」

と祖母が言ったことをとても印象的に
覚えています。




家庭の中ではなく、行事などの
大勢の人の前で話すなら、

大勢の人の目を意識して
なおさらそれはあり得ると思われますし。


それに、前提として、

「昔話を聞いたまま
 きちんと話さないといけない」

「間違えては作者に失礼」

などという
暗黙の了解・暗黙も決まりがないことが、
絵本や童話などと違うところかと思います。

目的は「みんなで楽しむこと」なので。



昔話を収集した本を読んでいて

「あれ?なんだこれ、
話の辻褄が合ってないじゃん」
とか

「なんかこの話、桃太郎に似てるけど
 途中とか結末がちょこちょこ違う…」
とか

突然お話の間に歌なんかが入ったり
しているのは、こういう理由かと思われます。

2016年5月 三条市

つまり、昔話は、

作者がきちんと起承転結を考えて練り上げて
完成させた、絵本や童話のお話とは異なり、

即興性を持った「語り手」と「その場」が
作り出す
、まるで生き物のようなお話
なのです。




その土地のリアリティ

2015年4月 南魚沼市・旧塩沢町

昔話が「生きた物語」であって、
語り手とその場とが生み出す物語であるとすれば、

そこに語られる「要素」は、両者の共通言語
なるのが必然かと思われます。


2019年11月 湯沢町浅貝地区

たとえば湯沢町の昔話では
雪崩が起こって村がなくなってしまった
というお話がありますが、
これは豪雪地帯だからこそ語られたお話。


また、
『方言で読む 越後 魚沼の昔咄』

に収録されている、新潟県十日町市の
「小雪姫」というお話は、
明らかに童話「白雪姫」が下敷きになっており、

王様→お金持ちの旦那様
王子様→若殿様

など、十日町で語られてもおかしくない内容に
改変されています。


2015年4月 南魚沼市旧塩沢町・雲洞庵

また、昔話には、その土地の地名や寺社の名前
などが、お話の舞台としてよく出て参ります。


南魚沼市の昔話
「八海山の猫」では
『方言で読む 越後 魚沼の昔咄』収録)

・八海山
・八色原
・柳新田

と、移動するには結構は慣れた場所の地名が
あちこち出てきます。

お話の内容自体を見ると、
猫や狐や狸やイタチがみんなでにぎやかに
酒盛りした、という、単なる娯楽話で、

特にこの地名でなければいけない!
というお話ではありません。




しかし、こうやってみんなの知ってる
色んな地名を入れることで、

聞き手にリアルにお話を想像させ、
「この土地で生きている」聞き手を
楽しませている
ことがわかります。

2013年8月 八色駅近郊

このように昔話は
「場(聞き手)と話し手のリアリティー」
反映されており、

・その土地の自然・暮らしが
 詰まっている
・その土地の「当たり前」が
 色濃く反映されている

という性質がございます。

「昔話がどういう場で語られているか」
が分かると、このように、おのずと
童話や絵本と違う「昔話特有」の性質が分かり、

そして次に述べる楽しみ方もおのずと
分かって参るのです!




楽しみ方その1:聖地巡礼

2019年7月 湯沢町三俣周辺・八木沢口集落

「昔話」には、
その土地の自然・暮らしが詰まっている
からこそ、私は、

昔話の地の「聖地巡礼」
(実際の舞台となった土地を訪問してみること)

を楽しみ方その1としておすすめ致します。


2016年8月 越後広田駅周辺
越後広田~安田駅は、小さい山がポコポコ続いて素敵な里山風景が展開しております。

たとえば、「山」。

単に「山」と言っても、山梨県の人と奈良県の人は
全く違う「山」を頭の中に思い描くでしょう。


…というのは、私が大学の時の教授が
山梨県出身で、講義で

「「山」と言っても私は山梨県出身だから
日本アルプスの大きな険しい山を想像するが、

奈良県や京都の方は私が「丘」と思っている
小さな山を「山」として想像する」

とおっしゃっていたからです。


私も新潟県出身で、遠くに越後山脈の険しい山を
見て育ったので、なるほど、と教授のこの言葉を
印象深く覚えておりました。

2020年5月 湯沢町・芝原トンネル近郊の峠より 三国山脈




このように、単なる「山」・「川」でも

その昔話で語られているのが
どういう山なのか川なのか


を実際に体感すると
その瞬間、昔話のリアリティーが
肌に伝わってくるのです。


たとえば私が聖地巡礼した
新潟県三条市の「お藤の上方参り」の万葉の藤。

2016年5月 三条市・万葉の藤。

単に「藤」とインターネットで画像検索すると
大きな藤棚なんかが出てくるので、これを見て
「こんな感じ?」と想像しても、
実際藤棚ではありませんし、それに
単なる想像からは何の広がりも楽しみもありません。


2016年5月 三条市・万葉の藤。
藤棚はなく、榎(エノキ)の大木に藤の木がからみつく。

実際聖地巡礼致しますと、

・突如、田んぼの真ん中に大樹が出現!

・ちょうど藤が花を咲かせる時期は田植えの時期で
 まわりは見渡す限り一面の田んぼ
→稲作が盛んなこの地の藤の木は守護神のようだ。

・大きなエノキの木に幾重にもからみつく藤
→生命力がすごい!

・藤の根本に神社が建立されている
→藤の木をご神体とあがめて大事にして
 いるんだなあ。

・たどり着くまでの道の途中のいくつかの家や
 近くの神社に藤ノ木が植えてある
 →藤ノ木がこの地で愛されているんだなあ。

…と、こんなに氣付きが!


そして昔話「お藤の上方参り」は、
藤の木がお藤という女性に化身して
京都見物に行った、というお話。

(※このページでお話をご紹介しています。)

2020年5月 切刻亭作 お藤様

たとえば、

「ああ、きっと、田植えという大変な作業の中で
京都見物というキラキラした夢を藤ノ木に
託したのかなあ」

「きっとこの土地の人々は
万葉の藤は美しい誇らしいのが当然、
というのが普通に心の中に根付いて
いるんだなあ。
だから、京都というハイカラな場所の人をも
見とれさせてしまうお話が出来たんだなあ」

…なんて、空想がリアルに頭をよぎり、
昔話を一層楽しめるのです。




楽しみ方その2:その土地の歴史

2019年7月 湯沢町三俣周辺・八木沢口集落

聖地巡礼から、更にもう一歩進んで
「その土地の郷土史」を読んでみると、
更に更に!リアリティーが増し、
ますます昔話を深く楽しめます。


先程の昔話「お藤の上方参り」の
地元の郷土史
『井栗郷土誌資料集  第1集第2集
を見てみましょう。


2016年5月 三条市・万葉の藤

たとえば、

・この地はもともと沼で、人々は水害
 と戦いながら新田開発を行っていた

・藤ノ木はおそらく最初の開拓者が植え、
 それを代々守り、何度か枯れることも
 あったようだが、その度に何度も植え替えては
 大事にしてきた。

という記述があり、ここから私が
聖地巡礼から想像した

「稲作が盛んなこの地の藤の木は守護神のようだ」
「この土地の人に藤の木は愛されている」

が強く補強され、同時に私の心の中で感動が
花開きました。


2016年5月 三条市・万葉の藤

ああ、単に愛されているのではなく
腰までつかってしまう田んぼの悪環境や
毎年洪水と戦ってきた歴史。

この歴史の重みと人々の願いと信仰を
藤の木は一身に受けてきたのか。

そして、何度も植え替えるほど
人々の藤への信仰と愛がこの地にはあるのか。

…郷土史を読むことで、昔話の背景を
そんな風に想像した時、私は、
リアリティーが倍増し、ぞっと鳥肌が立った氣がし、
一人妙に感動を覚えたのです。


2016年5月 三条市・万葉の藤

「昔話」は単なるお話ではなく、
その土地その土地の自然と向き合ってきた
人々の歴史・暮らし、が生き物のように
リアリティーを持っている

そんな大きな魅力を持っていることが、
上記のように1冊の郷土史を読んだだけでも
分かって参るのです。




その楽しみを提供するのが、三雪村

2019年9月 南魚沼市・旧塩沢町 魚野川沿い

以上2点

・聖地巡礼
・郷土史

が、昔話をより楽しむ秘訣でございます。


そして、三雪村が昔話を収集する目的も
ここにございます。



単に、昔話を収集するだけではなく、

・「郷土史」を読むことで得た氣付きと考察を
 創作する昔話の中に入れ込む。

・「聖地巡礼」による昔話の地から得た
 氣付きと体験を発信する。

この2点を同時に行うことで
もっと氣軽に昔話を【深く】楽しんでもらえる
場を皆様にご提供する。


そして、昔話がきっかけで、皆様が
新しい視点に氣付き、自分自身の人生の
ヒントがそこから見つかれば
昔話課は嬉しい限りですし、

何より昔話には、その力がある!
と信じております。



だからこそ、本当に愛する
「新潟県中越地方」
にその対象を絞り込み、
より濃い情報を提供することに
致しております。

2013年8月 南魚沼市・浦佐駅近郊 魚野川沿い

私の昔話の創作、それに伴う聖地巡礼・
郷土史を読む作業、
そして、昔話に入れる切り絵

と、1つの昔話に対して
様々な作業がございますので、毎日更新、
という訳には参りませんが

出来るだけいい情報を皆様にお届けしたいと
考えておりますので、
今後とも三雪村の昔話を
どうぞよろしくお願い申し上げます。